そして、また次の週になり抗がん剤治療の日がきました。

いつもどおり、朝4時に起きて、支度をして病院に向かいます。

新宿で電車を乗り換えて、池袋でバスに乗り、6:30頃病院に着きました。

朝の早起きと、病院での待ち時間はとても辛いですが、
母のためならがんばれます。

8時の血液検査を受けて後は8:30分の診察受付をして、
9時からの診察を待ちます、一応9時予定ではありますが、大体呼ばれるのは10時過ぎでした。

病院で待つ待ち時間というのは本当に苦行に感じられるものでした、
キレイでいろいろ見るところがある病院ならまだしも、築50年の古病院だったので、特に何も暇を潰せるところはありませんでした。

前回は白血球が減少していて、抗癌剤治療ができなかったけど、
今回の血液検査は正常で抗癌剤治療ができました。

大体6時間ぐらいかかるので、私と父親はどこかで時間を潰します。

朝が早いので、ほとんど寝ていなく眠かったので、
病院のソファで寝ることにしました。

夏だったので、場所によっては暑くて寝られません、
クーラーの効きの良い場所を探したところ一階の受付前が涼しかったので、そこで寝ました。

一応ソファのようなイスですが、イスで寝るのは疲れますね、
何度も目が覚め、あぁ患者用のベッドで寝たいと本当に思いました。

寝たり起きたりを繰り返し、病院内を散歩したりして何とか時間を潰し、
抗癌剤治療が終わる6時間が経過しました。

はぁ、やっと終わったとホッとしましたが、
これが毎週かぁ、なかなかきついなと思いました。

抗癌剤なんてどこでもおなじじゃないの?
だったら近所の病院がいいんだけどなぁと思いましたが、母の意向もありこの病院に通う事になりました。

入院している時に、同室の患者さんにこの病院はいいよ、
抗癌剤治療もここに通った方がいいよといわれたのと、色々治療を受けてきて安心感があったのだと思います。

少なくても以前の病院のようなミスはなかったので。

通うのは大変だけど、この病院は手術症例数も多く、消化器系の病気には長けているだろうと思いました。

まあ、そもそも私は抗癌剤には反対派なので、早く抗癌剤治療を終わらせたかったのですが・・・

父には、母と2人で行けるから、お前は来なくてもいいぞと言われましたが、
私が行かないと父のせっかち病やイライラが出て病気の母にあたりだすので行かない訳にはいきませんでした。

これは昔からの性格なんでしょうが、待ち時間が長いだけでイライラし始め、
今日は抗癌剤治療できないんじゃないか、今日もダメだ!などとネガティブ発言を繰り返します。

消化器系の待合スペースで待っている間、延々と言っていたそうです、
私は、携帯の電波も入らないし、三人で場所を取るのも悪いかと思い別の場所にいたのですが、後から母から聞かされました。

何で、こんな大病の時までグチグチやりだすんだよ!と頭にきましたが、
言っても聞かないし、本人がもしかしたらわかってないのかもしれません、厄介な性格です。

私は、全部運命で決まっているんだと考える方ですが、
運命でなかったら、父の短気な性格が原因で母が病気になったと思います。

ただの短気じゃなくて、瞬間湯沸かし器のような性格です、
自分の機嫌で生きていて、そして酒乱と三拍子揃った性格です。

よく、母は逃げ出さなかったなと、毎度感心したものです。

自分が少年時代から、何度か尋ねたことがあるのですが、
よく離婚しようと思わなかったね?と聞いたら、お前らがいるから離婚したら生きていけないよ。

そんなふうな事をいわれ、私と姉のために耐えてくれていたんだなと思い、頭が下がりました。

団塊世代のお父さんは気難しい人が多かったですが、
そのなかでも相当気難しく面倒くさい性格の父だったので・・・

それだけに老後は幸せになってほしいと思った矢先の癌発症です、
世の中って本当にうまくいかないものだなと、しみじみ思いました。

昔、友達が酔って、某牛丼屋の自動券売機を壊して逮捕された時に、
一寸先は闇だよと嘆いていましたが、それはお前が悪いんだろうと思いましたが。

でも、母の癌が発覚した時に、あぁ本当、一寸先は闇だなと思いました。