待ちに待った、母の退院当日になりました、
姉が休暇をとって神奈川県の自宅から車で駆けつけてくれました。

父と私、姉の三人で病院に迎えに行きました、
姪も行きたかったようですが、軽自動車なので遠慮してもらい、自宅で待ち合わせることに。

首都高速に乗り母のいるO区の病院に向かいました、
今後の説明もかねて、11時頃に来てくださいととのだったので、11時少し前に到着し病室に向かいました。

病室に着くと、母は着替えを済ませ、待っていました、
一秒でも早く帰りたそうです。

皆で、以前、手術にたいして説明を受けた場所に行きました、
これからは、通いで抗がん剤治療をすることになります。

あと、急に体調の変化などがあった場合は、いつでも病院にお越しください、
的な説明をだったと思います。

そして、医師の説明も終わり、退院することになりました。

病院の外に出て、退院の記念に写真撮影をしました。
元々、痩せていた母ですが、病気と入院で6キロほど体重が減ってしまい、撮影した写真は痩せこけていました。

しかし、何よりも母が退院して家に帰って来るというのは嬉しく、
帰りの車内では、よく頑張ったねおめでとう、などと母を盛り上げました。

そして、家に着き、いつもの母の定位置、居間のテレビの前に寝かせました、
母もホッとしたような表情をし、落ち着いた感じでした。

まだ、病み上がりなので、どこか少ししんどそうな感じです。

そして、夜になり、姪がバイトを終えて我が家に到着しました、
姪も大好きなバァバを見てとても嬉しそうにしています。

そして、ささやかながら母の退院祝いをしました、
私も、不安が増大するから、飲んでいなかったお酒をこの日は飲みました。

母が入院して、約二ヶ月ぶりぐらいのお酒でした、
この日は、母が退院した嬉しさもあり、ほとんど不安神経症は出ませんでした。

皆、嬉しそうでしたが、父が特に嬉しそうでした、
父は、母の入院後も毎日飲んでいましたが、この日は特に飲みました。

正直、父は酒癖が悪いです、よって母に何度もしつこく、
良かった、良かったなどと絡んでいます。

病み上がりなのになぁ、と私は少し苦々しい気持ちでそれを見ていました、
母もまだ、病み上がりだし、鬱陶しかったのでしょう。

本当に、軽くですが、酔ってベタベタ触る父に、うるさいなぁと言って
手を払い除けました。

たったこれだけのことですが、父はこの日、この時からヘソを曲げてしまい、
母に対してきつく当たるようになったのです。

元々、難しい性格でしたが、さらに面倒くさくなりました、
待ちに待った、母の退院だったので優しくしてもらいたかったのか分かりませんが、過去にもよくこういう事はあったので、正直アホか!と思いました。

健康な時ならともかく、何で大病を患って、余命まで宣告されている母に、
きつく当たれるんだと、本当に腹が立って仕方なかった。

病気全般にたいしてストレスは良くないのに、事あるごとに、
母を怒ったり、当たり散らすようになりました。

癌だけでなく、病気全般にストレスは良くないのに、何してんだコイツはと本当に悲しくなりました。

この事も、私の不安神経症に拍車をかけてくれました、
母の病気のことしか考えたくないのに、父の対処もしなければならなくなりました。

自分が、在宅中なら、すぐに割って入って母をフォローするので父もあからさまに怒りません、
しかし私が、買い物などで家を開けている時に母にたいして何かしらイチャモンをつけ文句を言います。

父が居ない時に母に、それを打ち明けられ、疲れるわぁと言われました、
本当に可愛そうな母、何十年も怒鳴り散らされて、病気してもまだ、怒られる。

でも、親父には言うなよ、言うとまた、ヘソ曲げるからと母は言いました、
我が父親ながら、本当に残念でなりませんでした。