自分のうつ病について考えてみた。

こんなにひどくなったのは母の病気がきっかけでしたが、
今考えると、20年前にも引きこもって外に出たくない誰とも会いたくないという時期が1年ぐらいありました。

20年前だと、まだうつ病という言葉がそんなにポピュラーでなく、
どちらかというとノイローゼと言われる方が多かったですね。

20年前の多感な年頃だったので、
友達、家族、将来などを考え過ぎてしまったのか、引きこもり、うつになりました。

親父はまだ、現役のサラリーマンで、なぜ働かないんだ!?
働かないなら殺す!とよく酔っては脅かされました。

働きたいけどやる気が出ないという言い訳は通用しません。
今では鬱病にある程度理解がありますが当時は全然うつが一般的ではなくて、ただのなまけ病と思われました。

酔って帰ってくるたびに罵られ、生きた心地がしませんでした。
友達からは当時流行った、オタクと呼ばれてしまいました、宅八郎などのアレです(笑)

けしてオタクではないのですが、
まだ引きこもりなどという言葉も一般的でない時代だったので友達に不名誉な呼ばれ方をしました。

毎日、夜眠れず、電気をつけていると怒られるので、
布団にはいっていましたが、寝られないというのは苦しいです。

連日、人間はなんのために生まれてきたんだろう?という事を考えていました。

マンガやスピリチュアル系の人だと、ここで神からの啓示がきたり、
宇宙からのメッセージを受け取るのでしょうが、何も答えは見つかりません。

外に出るのも怖くなっていたので、流石にこのままではマズイと思いたち、
どうしよう、とりあえず外に出なきゃいけないなと考えました。

よし、こういう時はあれに限るということで、昼間からお酒をひっかけ、
勢いをつけて外に出ました。

お酒を飲んで酔っている間は無敵モードです(笑)
夜もお酒を飲んで勢いをつけ、ジーパンの後ろポケットにウイスキーの小瓶を入れて、まるで気付け薬のように飲んでいました。

この時は、引きこもりから脱出するのをお酒というドーピングを使って切り抜けました。

そして、第二次うつというか不安神経症になったのは、10年前の30代の時でした。

この時の理由は自分でもはっきりとわかります、借金が原因でした。

その時は家の外壁を貼る職人をしていたのですが、
友達同士でやっていたのですが、一人働かないやつがいて、とてもストレスになりました。

親方も同級生の友達で優しい性格なので、そいつに強く言えません、
それをいいことに現場に来てもだらける、突然休むなどのやりたい放題でした。

それがストレスになり、仕事に行くのが嫌になっていたときにパチンコにはまりました。

その時にあった機種で大海物語というのがけっこう爆裂機だったので、
毎月コンスタントに利益が出ていました。

愚か者の私は、あんなに汗水たらしてあくせく働くよりパチンコの方が全然いいや!
俺はギャンブルの才能もあるし、しっかりパチンコの勉強もしてる、一日に使う額をきめて収支をつければ大丈夫だ。

そんな訳のわからない自信で、仕事に行くよりパチンコに行くほうが多くなっていきました。

最初の数カ月は、きちんとプラスになり勝てていました、
しかし自分のルールを破り一日に使う金額をオーバーしだしたらとたんに負けがこむようになりました。

一ヶ月で50万円近く負けて青くなっていたのですが、サラ金から金を借りて勝負に出ました。

何と一ヶ月で50万きっちり取り返せたのです!
たまたま運が良かっただけなのですが、集中して本気出せばいけるじゃんと、また勘違いしました。

この頃には仕事には行かなくなり、毎日パチンコ三昧でした。

パチンコで飯が食えたら最高だ、
ギャンブラーなんてかっこいいじゃんと思っていましたが、もちろんそんなに甘くありません。

毎日、負けがこんでくると胃が痛くなります。

毎日イライラして、ちょっとしたことでもキレて母親に八つ当たりしたりしました。

今思えば本当に最低です、恥ずかしい、若さの過ちとはいえ、
もしタイムマシーンがあれば、あの頃にいって自分を張り倒します。

パチンコは楽して稼げてかっこいいと思っていましたが、そんな事はありません。
プロと言われている人達は人知れず努力しています。

データを分析したり、釘を読んだりと決して楽はしていないのです。

母もパチンコが好きでした、しょっちゅう父に怒られていたので、
ストレス発散だったのかもしれません。

自分が通っていた店に母もよく来ていました。
この辺の地域では当時一番出ている店だったのでいつも混んでいました。

仕事も行かなくなり、毎日パチンコに通うにようになったある日、
母が知り合いの常連に言われたそうです。

毎日パチンコに来て(息子さん)良くないね的なニュアンスだったらしいです。

言いたいことはわかります、
いい若い者が仕事もせずに昼からパチンコを打ってということでしょう。

しかし、これが心配して言ってくれているならまだしも、
ただたんに嫌味で言っているだけです。

なぜなら、全然親しくないし、こういういつも負けてる常連は、
勝ってる人間に対して異常なやっかみを持ちます。

自分は何万円も突っ込んでいるのに、ぱっと来てスグに出していく、
みたいな変な被害妄想を持ちだします。

挙句の果てに毎日、出してるやつに対して店のサクラじゃない?!
などと吹いて回る始末。

自分の下手くそさを棚に上げてよく言うよと、本当に腹がたちました。

そいつの金で打っているんなら、文句や嫌味の一つも言われても仕方ないけど、
びた一文、一円たりとも借りたこともないし、話をしたこともない。

それどころか、目があったこともありません!
しかし、やはり日本は村社会でその名残というか未だに監視社会なんだなと痛感しました。

本当に下らない!私は日本人で日本が大好きですか、こういった監視社会的なのは大嫌いです。

よくいうのが欧米などは個人主義なので、さほどひと目が気にならない、
しかし日本だと、すこしはみでた行為をすると後ろ指を刺される。

影でヒソヒソ話といった具合ですね。
こればかりは太古の昔から刻み込まれたDNAなので仕方ないのかな・・・

そうやって、異端児やはみ出し者が出ないように監視して、
村や民の暮らしを守ってきたという経緯があるのでしょう。

しかし、うっとうしい!何か言いたいことがあるなら直接言ってこいよという感じですね。

そして、いつもどおりパチンコ屋に向かい、運良く早い投資で当たりを引いた時でした。

よく見かける、気の強そうな、あまり関わりたくないオバサンが、
私の視界にカットインしてきました。

そこに目を配ると、オバサンはニコッと笑ったので、
あぁ、自分のフィーバーを喜んでくれているんだ、悪い人ではないのかも・・・

と、思った矢先、上手いわねー!あんたプロでしょ!?
人の心に土足で入り込んできました。

あまりに唐突だったので、いやぁそんなには勝てないですよと返すと、
あなたいつも出しているじゃない良いわね~と嫌味のオンパレード。

その時点で、ムッとしてそれからは、目を合わせないようにしました。

時間がたつにつれて段々と腹が立ってきました、
このやり場のない怒りをどうしてくれようと、ずっーとムカムカしっぱなしでした。

本当、こういうアホってそこしか見れないというか、ただ単に楽して勝ってるという、
単純思考しかないから勝てないんだろうなぁと思いました。

それに対して、嫉妬して、本人に嫌味を言うという最低極まりない行動。

この人の思考は、パチンコ勝ってる人も金持ちも運がいいからぐらいなんでしょうね。

こういった、やっかみなどもあって段々とパチンコ熱も冷めてきました、
そうすると集中力も無くなり負けが込みだします。

それに加えて、台の機種変更という事が起こり、
以前のように連チャンしなくなって益々負けるようになりました。

そのストレスを晴らすために、お金はないのにキャッシングをして、
飲みに行ったり、女の子と遊んだり、パチンコを打ったりしていました。

もちろん、こんな生活は長く続くわけもありません、
気づけば借金で首がまわらない状態に陥っていました。

いいや、こうなったら自己破産だ!借りているのは大手ばかりで困りはしないだろう、
そう考えて、自己破産について調べていました。

しかし、自己破産できないというか、するとまずい状況がわかったのです・・・

過去にうつになった2に続く→